二宮が選んだ映画

先日開催された「シークレット・シネマ」。

二宮がアンバサダーとして「一度は観てほしい映画」を選び、なにを選んだかは知らせずに上映するというイベントである。

その映画、私が最近観たものだった。

全く予想していなかったので驚いたし、それを選ぶのかと色々考えて楽しかった。

「MONDAYS」よりもそっちがよかった? 二宮。

こっちは他のアイドル(lyrical school)が出ているから外したのかもしれない。

 

二宮がカバーアルバムを出した時にも思ったこと。

趣味はそれほど合わないが、やりたいことはわかる。

私は意図が見える人が好きなのだ。

どんなことにも意志を込めようとする人が。

愛していたけどそうでもない

時よ去らないでくれ。

活動休止の会見の夜を思い出す。

 

これだけの年月が経ったのだから、満足した、悔いはないと吹っ切れた姿を見せてもよかったはずなのに、

あんなにも寂しそうに名残惜しそうにしてくれてありがとう。

色々な才能をもった人の集まりだから、「ソロで音楽やりたい」「留学したい」「映画を撮りたい」「裏方・演技・ファッション・自給自足に専念したい」などの進路を選んでもおかしくなかったと思う。でも誰もしなかった。

 

今後はああしたい、こうしたいという話があまり出なかった。

皆が思い出と今だけを見つめてくれていることがありがたかった。

でもファンの時間が止まってしまわないように、終わった後の時間を考えてくれていることも伝わってきた。

 

ファンクラブに入り損ねたことは本当に痛手で、DVDも限定盤を買うことができない。でも茶の間にでも、いられてよかった。ハードディスクに残っているテレビ番組を見たり、一枚一枚楽しみに買ったアルバムを聴いたり、大野のファンだと言っていた元彼を思い出したり、二宮が結婚したときのショックと誇らしい気持ちに何度も胸を痛めたり、

気が向いたらまた茶の間で歌ってあげよう。

相葉の教え

二宮の悪口をここにつらつら書いていて思った。

好きなんだなー。

 

 

相葉だったらこう言うのではないか。

「そんなに言ってよっぽど好きなんだね。だったら好きって言えばいいのに」

やっぱり面倒な人のファンって面倒なんだね

 

相葉に教わることが多い。

単に素直なだけでなく、ひねくれることの無意味さを冷たく切り捨てているところ。

「反抗期はなかった。皆がなにに反抗してるのかわからない」という合理的な態度。

 

最後のコンサートも二宮はかっこよかった。

二宮がかっこいいと思うダンスを私もかっこいいと思う。

「ジャニーズ人生を終える」というスピーチはアカデミー賞の授賞式と同様に内向きでよくわからなかったが、なんのためらいもない「ありがとう。楽しかった。悔いはない」みたいな内容でなくてよかった。色々な感情が混ざったスピーチだったことがよかった。

 

これからもずっと理解できない5人。

わからないから好きでいられる。

「嵐の歌が子守唄だった」

職場の20代で、嵐のコンサートを配信で見たという人が3人もいた。

 

一人目「自分はニワカに毛が生えたくらい。母が嵐が好きで、子守唄として聞かされていた。母が配信を見ていたのでなんとなく横で一緒に見ていたら泣いてしまった」

二人目「もともとジャニーズが好きで、せっかくなので嵐も見てみたかった。号泣した」

三人目「嵐が好きでコンサートも行ったことがある。開始直後から号泣していた」

 

三人目のことが気になった。

嵐ファンとしてはおそらく先輩である。

5人の中で誰が好きなのか。もしかして二宮?

 

職場に嵐が好きな人がいるとわかっただけで、なぜか働きやすく感じる。

前にも二宮ファンが職場に潜伏していたことがあったし、思ったよりもいるのかもしれない。

もし私の中の嵐成分がそういう人を引き寄せているのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。私がファンであることを公言することは今後もないが、じわじわ空気中に出していきたい。

茶の間の限界

茶の間がアクセスできる情報は少ない。

ファンクラブに入り損ねた自分が悪いので仕方ない。

NetflixのVoyageを見返している。

 

2019年の会議ってこんなに大量に紙を印刷していたのかと変なところに驚く。

ぶつ切りの映像を繋げるドキュメンタリーの作り方にも時代を感じる。当時から物足りなく思っていたが、撮った映像をある程度の長さで見せてほしい。切り抜きすぎてもったいない。今だったらあえて手を加えずに素材そのままで流すだろう。

 

ファンのSNSでのポストに「ファンクラブの私たちは一年かけて色々なものを受け取ってきたが、配信で久しぶりに嵐を見た一般の方のほうが現実を受け止めきれていないのではないか」とあり、的を射ていると思った。その通りである。

 

喪失感の中で思い出した気持ち。

私は嵐のメンバーと付き合えるものなら付き合いたいと思っていた。リア恋、つねに性的な目でしか見ていない。そういう姿勢だったのでファンクラブに入るのはなんだか悔しかった。

そんなことはただの言い訳で、嵐というアイドルを本気で好きになる、一歩踏みだす勇気がなかった。

でもまだ諦めていない。職業上の道を極めたら、いつかJか櫻井には会えるのではないかと思っている。相葉と二宮に道端で遭遇する夢も諦めていない。大野には迷惑をかけないように遠目に見るだけでいい。まだ6人とも生きている。

早期退職の先輩

活動終了の翌日、4人とも早速忙しいのだろうし自分も頑張ろうと思っていたが、

大野だけは目覚ましをかけずに寝て、

起きたら酒飲んで、炭水化物のパスタでも食べているのだろう。

すべての労働者の憧れ。