Jであろうとすること

櫻井の誕生日だった。おめでとうございます。

 

今、嵐があることは奇跡のようで、自分の妄想なんじゃないかと思う。

去りたがっていた大野を4人がいろいろなバランスで引き留め、説得してくれて、今があるのだろうか。

私はそんなことが実現できると本気では思っていなかった。

でも本気でやろうとしてくれた5人がいて、今の嵐がある。

 

職場で不正が起きている。

是正しようとするたびに、めんどくさい奴だと思われている自覚がある。

この環境が苦し過ぎて自分も流されようかと思ってしまったときもあった。

でもどんな組織でも、私が尊敬する人たちのように、

他人に求めず、まっすぐに自分の思う良いことを貫こうとする存在があったら、

少しずつ周囲は変わっていくかもしれない。

 

嵐だって転生できたのだから私もいずれ転職できるであろう。

それまでは主に相葉とJを見習って、まじめであることを止めない。

茶の間を出たらまた茶の間

嵐5人の動画が見たい。

ついに茶の間を脱してファンクラブに入るときが来た。

しかし仕事が忙しすぎて、動画を見始めたら生活が立ちゆかなくなることは明らかだった。

あと少し、あと少しと何ヶ月もカウントダウンしながら、

本日の仕事納め、相葉の誕生日まで入るのを我慢していた。

 

先ほどファンクラブのホームページに行ったところ、

「嵐ファンクラブの新規入会受付は2025年11月30日で終了しました」。

 

ショックで時が止まった。

ではなぜSNSで動画を流しているのか。

あれは新規入会者を誘うための広告ではなかったのか。なかった。

私のように入り損ねてしまったかわいそうな人たちへの慈悲の心だったのだ。

 

どうしていつまでも入れると思っていたのだろう。

 

それでも彼の誕生日はまだここにある。

お誕生日おめでとうございます。

茶の間にいるけど、あなたのファンより

懐かしのテレビ

「ニノなのに」と「夜会」にJが出演した回を見た。

嵐の活動終了が発表されたことで、周囲が「この後どうするの?」という話をしやすくなったように思う。嵐が触れづらい話題ではなくなったことが嬉しいが、完結した過去になろうとしていることが寂しい。

  • 芸人さんと嵐のやりとり、久しぶり。
  • バックで嵐の曲が流れてるテレビ、久しぶり。
  • 渋谷や池袋を歩く櫻井とJ。「2人の若い頃は〜」と「若くない」という前提で話を振られることが新鮮。41歳の自分は若くない自覚があるが、櫻井とJもそういう位置付けになっているのか。なんだか新鮮。こういう姿を見られて嬉しい。
  • 渋谷も池袋も懐かしい場所だが、2人が一緒にいること自体が懐かしい。
  • 活動休止してからずいぶん経ったと語る櫻井。一番変わったのは家族ができたことだと思うが、そこには触れないでくれる。ありがとう。
  • ふらんす亭レモンステーキやカレーを食べて「うまい」と大きな声で繰り返すJ。すぐに食べ終えて「もう一回食べられる」と言うJ。私が店の人だったらとても嬉しい。テレビの前で見ていてさえ嬉しい。
  • 櫻井とJはたまに「コアな」と言うが、この言葉、この2人以外が使っているのをもはや聞かない。

二宮ってこんなに面白かったっけと思った。うまく拾ってくれる芸人さんやメンバーがいると何百倍にも輝く。二宮もわかっているのだろう。だからこそYouTubeで仲間を求めたのではないか。周囲がいて初めて幕が上がる二宮劇場。それが最高に好きだ。

何万人が思うこと

いつか靴底で踏みつけたfaithが

君に出会って

血を燃やーす

 

 

もう燃えまくり。

土砂降りのような嬉しさ喜び切なさ苦しくて抱きしめたい。

絶対この曲やるんでしょ。

君がいて、嬉しいよ、って大野に向けられる言葉そのものだ。

またあの光景を願っていいんだ。

一生分の黄色い歓声を浴びてほしい。

生きてるって感じ! そう思ってほしい。

ファンが望む曲なんて一つもやらずに、新曲やってもいいんだよ。

アルバム出してもいいんだよ。

 

私の愛する、わざわざここに読みに来てくれたあなたのような人たちが、全員望む通り会場に入れますように。

都合のよい妄想との別れ

この日記、二宮に対し、

「少しは仕事を選んでよ! 私もうついていけない! 顔は好きだけど!

私がついていかなくても別にいいんだろうけど! 顔は好きなのに!」

ということをつらつら書いていた。

 

私は二宮に自分の思い通りの存在であってほしいんだな。